PROFILE
今矢直城 1980年、兵庫県出身。現役時代はオーストラリアやスイスなどでプロ選手として活躍。引退後は指導者としての道を歩み、2017年にはW杯アジア最終予選でオーストラリア代表チームのスカウティング部門として日本代表の分析を担当。2018年には横浜F・マリノスでオーストラリア国籍のアンジェ・ポステコグルー監督やピーター・クラモフスキーコーチらを通訳として支え、2019年にはアジアサッカー連盟(AFC)で互換性のあるA級ライセンスをオーストラリアで取得。2020年には清水エスパルスの監督に就任したクラモフスキー氏のもとでコーチを務め、2022年にはJFA公認S級コーチライセンス取得。同年シーズンから関東1部の栃木シティFCの監督に就任し、2023年に全国地域CL優勝・JFL昇格、2024年にはJFL昇格1年目での優勝・J3参入へと導いた。
- 1
- 2
2/2 PAGE
CONTENTS 03
練習の実行はコーチ 自分は全体を観る
── 就任から3年目となった今も監督ご自身が練習メニュー、オーガナイズの部分も含めて作成しているのか。
「1年目は僕がすべてやって2年目も基本的にはやった。3年目の今年に関しては津田琢磨コーチにほぼ任せた。彼も僕と一緒に3年やってくれていてものすごく優秀。本当は2年目から任せたかったが、その年は彼がS級ライセンス取得に時間を費やさなくてはいけなかったので難しかった。今年は彼がオーガナイズから実行までほぼやってくれて、彼がいたから優勝できたと言っても過言ではない。もちろん他のコーチとも連携を取りながらだし、自分が相談に乗ったり、途中で介入することはあったが」
── JFLや地域リーグではコーチングスタッフも揃っていると思うが、都県リーグであれば監督が1人ですべてを担っているチームも多い。監督がやりたいサッカーを掲げながらも実際にはうまくいかない時の練習におけるアドバイスがあれば聞かせてもらいたい。
「繰り返しになるが、試合のための練習になっているかどうか。何をテーマとして試合から逆算して行っているか。例えばボール回しやポゼッションもすごく大事だとは思うが、5対5のポゼッションを15mx15mの狭いエリアでやって『その距離のパス交換を実際の試合でやりますか?』ということ。そのエリアでやる加速、減速、強度を90分間はやらないはず。仮にそれが目的の練習で5、6分やるには構わないと思うが、それを20分、30分やってじゃあ試合をやろうとなった時に、さっきまで3mのパス交換をしていたのがいきなり20mになった時につながらない。それは監督自身が試合のための練習ということを理解できていないのと、単にリズムがいいから、単にYoutubeをみて面白そうだったからとか、試合から逆算ができていないだけだと思う。
そう考えると練習はそんなに難しいことではないはず。極論をいうと11対11のゲームをやることがもちろん試合には一番近い状況で、そこからどう切り取ってトレーニングをするかというだけ。ただ、そこで馬鹿にできないのはピッチサイズ。このピッチサイズのミスが多くて、試合の現象が出ないことが多い。最初の頃は津田コーチにも『いや、このサイズだとダメ。試合の現象が出ないから』ということは結構言った。僕としては1分間に何メートル走ってほしいという指標があって『このサイズだと選手がいくら頑張っても出ない。もう少し広げないと』。
簡単にいうと選手は1試合の90分間で12kmくらい走ればいい方だと思う。ロスタイムを入れるとだいたい1分で120m。じゃあ、トレーニング1分のうち120m走れていれば、試合に近いということになる。それをさきほど挙げた5対5を10mもしくは15mのサイズでやったとしても多分出ないと思う。選手がどれだけ頑張っても加速、減速は出るが肝心の1分間に何メートルの数値は出ないと思うので、やはり試合から逆算して何を大事にするか、何を得たくてこの練習をするのか。そこをはっきりさせて練習を組まなくてはいけない」
── 栃木シティでは通常1日の練習で何パターンくらいをこなすのか。またトータルの練習時間は。
「練習はだいたい3、4パターン程度。最初にボール回し、次にコンセプト付きのポゼッション、GKを入れてゴール前のクロス。最後にゲームをやって終わり。トータル60分しかうちはやらない。最初のトレーニングから10分、10分、10分、途中ドリンクの時間が入っても40分。最後に8分ハーフのゲームをやったら、それでだいたい60分になるので。たまにセットプレーの練習とかが入るともう少し長くなるが」
── 今はコーチに練習を任せているとのことだが、監督自身は練習の時はどういった視点で何を見ているのか。
「チーム全体としてのエネルギーがどういった方向に向いているか。自分たちが乗っている船から落ちそうになっている選手がいないか、落ちた選手が必死に戻ろうとしているのか、落ちた選手をどう引き上げるか、そこを見ている。あとは練習の雰囲気。やはり津田コーチがいくら優秀といっても全体的に少しエネルギーが足りないと思う時もあるし、そういった時に自分がエネルギーを注入する。それはGKコーチもフィジカルコーチたちも同じで、練習の方向性が少し間違っているなという時は軌道修正する。そういった全体の舵取りを今はできるようになった。やはり監督はどこかのタイミングでチームのエネルギーを一気に前に持っていかなくてはいけないときがあるし、そのためにもパワーを残しておかないといけない。以前のように練習をすべて見るということをしていては体力的にも相当消耗してしまうので」
── 具体的に監督が練習でパワー、エネルギーを使うとは。
「単純に言葉でのコーチングもそう。例えば選手が良いプレーをしても監督が練習を見ながらになってしまうと、『ナイスプレー、ナイスクロス』と普通に褒めたところで響かない。それよりも本当にいいと思ったタイミングで力強く『ナイスパス、グッドプレー、それ続けよう』。それだけで選手たちに一気にエネルギーが入るし、選手たちも『あっ、これか。監督はこれを求めているのか』となるので、そこで新加入選手含めて目線が合う。おそらくダメ出しは何回言っても響かないと思うが、正しいことをズバッと監督が提示してあげると選手はそれをやり始める。もちろん選手に良くないプレーを指摘して、選手がそれをやらないようにするのもいいことだとは思うが、でもそれは僕からすると少し消極的なマインド。より選手を積極的にプレーさせたいなら、正しいことをズバッと一言伝えてあげたほうが、選手はそれを理解してやり始めると思う」
── 監督という立場は練習、試合など常に決断の連続だと思う。決断をする際に自分の中でのポリシーみたいなものはあるか。
「見ているお客さんがこの決断に関して最終的に感動するかどうか、心が動くのはどちらかということ。そうすると結論的にはやはり攻撃的にはなってしまう。もちろん1-0で勝っていて、途中退場者を出して10人になってしまった。そういった時は残りわずかな時間を必死にゴール前で守り続けるという感動、チョイスもあるかもしれない。幸い、今年もレッドカードは一度もなかったし、そういう状況に陥ったことはないが。ただ、どちらにしても感動を与えるプレー、感動を与えるための逆算から考えての決断は何なのか。それは選手たちにも日頃から言っていて、自分たちのプレーモデルはある、でも立ち返ってほしいのは自分自身のプレー、発言、行動が結局感動を与えられるものかどうか。そこから考えたら決断はそれほど難しいことではないと言っている。もちろん自分がその行動をすべて出来ているかというとわからないが、なるべく意識はするようにしている。特に負けが続いたりすると、人間は自然と守りに入ってしまうのでより積極的に考える。それを一番変えられる重要なポジションにいるのが監督だと思う」
CONTENTS 04
J3で真剣勝負ができる そこは楽しみ
── 栃木シティとの契約をさらに1年更新した。迷いはなかったか。
「自分たちが築き上げてきたものがJ3という場でどこまで通用するかを見てみたいし、実際にこのクラブはとても魅力的。社長も献身的にサポートをしてくれて理解もある。逆にいうと今は他にいく理由が見当たらない」
── 次はJリーグというプロの世界で勝負をすることになる。どんな気持ちか。
「実際にはあまり深く考えていないのが正直なところ。どのカテゴリーでもリーグ優勝をするのは簡単ではないし、あくまでリーグが変わったというだけでやることは同じ。もちろん自分たちのサッカーがどこまで通用するかという楽しみはあるし、自分たちは下から上がってきたチャレンジャー。そういったチームが過去にJ1、J2にいたチーム、J3で長く戦ってきたチームと今度はトレーニングマッチではなく、真剣勝負で戦える。そこは純粋に楽しみ」
── J3を戦う上での自信、目標は。自分たちのサッカーは見せられそうか。
「自分たちのサッカーを見せることはできると思う。でもそれが通用するかどうかはわからない。現実的に優勝は難しいと周りから思われるかもしれないが、そこを狙うのは自由。何を目指すかと聞かれれば優勝しかないと思う」
── 今回、一年前のトライアウトでも獲得を希望していたFW都倉賢選手をいわてグルージャ盛岡からレンタルで獲得した。彼に求めるものは。
「過去にJ1、J2でトータル5回2桁得点を挙げているし、その経験値は必ず力になってくれるはず。特にゴール前のクオリティ、自分たちのフットボールで押し込んだ状況をつくれた時はすごく頼りになると思うし、それに彼のエネルギッシュなパーソナリティはチームの士気を高めてくれると思う」
── これからはJリーグクラブとして栃木という地域に貢献していくことになる。そこへの思いは。
「まずは栃木の子どもたちが、このエンブレム、このユニフォームを着てプレーしたいと思えるJリーグクラブに自分たちがなれたこと。そこはすごく価値があると思うし、そういった子どもたちを1人でも多く増やしていかなくてはいけない。それに子どもたちだけでなく、年配の方々もスタジアムに足を運んでくださるので、本当に生活の一部になってきた実感がある。ただ、もっとこの地域の方の生活の一部になれるようにしていきたい。自分としても妻が栃木県出身という縁があるので力になりたい」
── 2024年シーズンは東京から栃木へ通いの生活だったとのこと。1日のスケジュールは。
「朝4時半に起きて5時半くらいに出発。だいたい8時から8時半くらいにはグラウンドに到着して、そこで津田コーチと今日の練習について再確認してトレーニングにはいる。終わってから明日の予定をスタッフで話し合い、昼食はクラブが用意してくれているのでそれを食べて、家に着くのは夕方くらいで1日が終わるという感じ」
── 1人で考えたりする時間は自宅の夜であったり、車の移動中にしているのか。
「家に帰ると家族との時間もあるし、車の移動中がほとんど。でも基本的にサッカーのことは練習中や練習の前後ですべて終えているので考えない。むしろサッカー以外のこと。これは僕自身の考えだが、監督はサッカー以外のことも勉強をしたほうがいいと思っていて、違う分野の人のインタビューとかをオーディオで聞くことが多い。そういった時間に費やしている」
── 2月15日の開幕戦はSC相模原と戦うことになる。相手の監督は仲が良いというシュタルフ監督。
「ちょうど最近も話をして、今はヨーロッパに行っていると。おそらく相当な補強もするだろうし、一発目にそういったチームと戦えることはすごく楽しみ。それに仲の良いシュタルフと対戦することも楽しみ。実際にはどういうフットボールをするかは蓋を開けてみないとわからないところがあるが、少しずつ彼の特徴を見つけていくしかない」
── 改めて最後に2025年はどんなシーズンを送れたらいいか。また、栃木シティを初めて観る人に向けてメッセージを。
「2024年はチームとしても個人としても、人としても大きく成長できた年だったので、2025年もそういう年にできたらと思う。初めて観に来られる方にはまずゲームを楽しんでいただいて、その上でわれわれのアグレッシブなサッカーに興味を持っていただけたらまたスタジアムに足を運んでもらいたい」
- 1
- 2