東京サッカー [TOKYO FOOTBALL]


HBO TOKYO
世界へ 未来へ チャレンジ
[永田翔也/瓜生遼馬]

INTERVIEW
大学に通いながらHBOで海外挑戦を目指す 卒業後はヨーロッパへチャレンジ

 大学に通いながらHBO東京で海外挑戦に向けてトレーニングに励む永田翔也と瓜生遼馬(共に大学4年)。卒業後の来夏、ヨーロッパクラブへの挑戦が決まっている2人に、海外挑戦を決めた経緯や現在取り組んでいる準備・課題、目標などを聞いた。(※聞き手はTOKYO FOOTBALL)

FW永田 翔也(写真左)1998年生まれ/21歳
藤枝明誠高校サッカー部から明治学院大学サッカー部へ。大学卒業後に海外クラブへの移籍を目指す理由から3年でサッカー部を退部し、4年からはHBOに入団。現在は大学に通いながら練習を続け、来夏、ドイツへの移籍を目指す。

DF瓜生 遼馬(写真右)1997年生まれ/22歳
さいたま市立浦和高校サッカー部から東洋大学へ進学。大学ではサッカー部には入部せず、当時関東2部の大成シティFC坂戸でプレー。大学3年時にはオーストラリアへ交換留学生として渡豪し、大学に通いながら現地のクラブと契約しセミプロとしてプレー。帰国後はHBOに入団し、大学卒業後の来夏にマルタへの移籍を目指す。

CONTENTS 01
海外を目指すきっかけは互いに高校時代

--2人は現在大学4年生で卒業後に海外のプロサッカークラブへの挑戦を決めているとのこと。そもそも海外に興味を持ったきっかけ、挑戦しようと思った経緯は。

永田:「僕はもともと高校2年生の時に修学旅行の一環としてオランダ、フランス、ベルギーに行ってサッカーをしたことがきっかけです。その時に興味を持ち、海外に目が向くようになりました。実際、高校のサッカー部ではトップチームにはいたものの、試合には出れたり出れなかったりを繰り返していて、このままだと選手権に出るのも危ういし、当然プロにはなれない。そんな状況だったので、高校の時からいつかは海外に出て、もっと自分の可能性の幅を広げたいと思っていました。

何かを変えなくては そう思って3年でサッカー部を退部

 高校卒業後は大学に進学しましたが、当初は自分の先輩も試合に出ているし、いずれは自分も試合に出て、どこかJFLくらいのチームは引っ掛かるんじゃないかと甘く考えていました。ただ、現実をみたら1年目はほぼ何もできなかったです。もちろん頑張ればトップチームに上がれるチャンスはあったものの、やっぱり当初からの自分の考えが甘くて、どこかのタイミングで何かを変えなくてはいけないと思っていました。

 もともと自分はサッカーで生活がしたい、海外にも興味があった。それで大学3年の時に恩師に相談しに行き、それ以外にも色々な方と話をして、このまま来年の4年生の1年間を曖昧に過ごすくらいならサッカー部を3年生限りでやめて、真剣に海外を目指す準備をした方がいい。そう思って、3年の終わりにサッカー部をやめる決断をしました。それで今年の春からは海外を目指せるHBOに入団し、大学に通いながら練習をしています。HBOに入った経緯についてはもともと大学サッカー部の先輩がHBOにいて、今はドイツのベルリンで契約をしていますが、その方に紹介してもらいました」

--瓜生選手のきっかけは。

瓜生:「僕も高校3年の春にサッカー部のトップチームだけでスペインのバルセロナに遠征に行って、初めて海外でサッカーをするという経験をしました。その時に現地のプロクラブの下部組織と対戦をしましたが、相手チームの中に僕らと同じ年代の日本人選手がいて、試合後に話を聞くと、両親は日本にいて、彼自身は高校をやめて1人でスペインで3年くらいやっている。このままトップチームへの昇格を目指しているとのことでした。自分と同じ年代で海外に出て、しかも普通にスペイン語で会話をしている。そういった姿を見て、これまで自分は日本でサッカーをやってJリーグでプロになることを夢見ていましたが、こういった選択肢もあるんだな、自分は狭いところにいるんだなと感じて、それから自分もいつか海外に出たいと思うようになりました」

--高校卒業後は大学進学を選択し、4年生の時にHBOに入団。その経緯は。

瓜生:「高校3年の時に大学でやるか、海外でプロを目指すか迷いました。大学で4年間サッカーをすれば、卒業する時には22歳になるし、それだと少し遅いんじゃないかという気持ちがありました。でも色々と悩んだ末にセカンドキャリアのことを考えると大学は卒業した方がいいと思い、大学進学を決めました。ただ、高校3年の時に大学への進学を迷っていたせいで、スポーツ推薦の時期を逃してしまって、一般で受けることになり、自分は理系だったので理工学部へ入学。でもいざサッカー部に入部する時に監督と話をすると、基本的にサッカー部はスポーツ学科の選手たちが入る部で、理工学部でサッカーを続けていくのは難しい。特に課題の量などを考えても難しいし、前例がないという話をされました。それでサッカー部への入団は断念し、その時に一旦はサッカーに対する熱が冷めてしまいました。

交換留学生としてオーストラリアへ 現地でセミプロとしてプレー

 それでも海外に行くというのはサッカーを問わず自分の中でいい経験になると思っていたので、それから1年間は必死に勉強をして、学内の試験に合格して大学3年の時に1年間、交換留学生としてオーストラリアに行かせてもらいました。向こうに行ってからはサッカーがしたいと思い、部活ではありませんが、大学のサッカークラブに参加しました。その時にたまたま大学に通いながらセミプロとしてプレーしている日本人の方に出会うことができて、その方に『もう少し上のクラブでサッカーできるんじゃないの』とか色々な話を聞かせてもらいました。

 自分としてももう少しサッカーでチャレンジをしてみたかったし、その方にオーストラリアにいる日本人の代理人を紹介してもらい、トライアウトを受けさせてもらいました。最終的には現地のクラブと契約することができ、それからは普通に大学の授業を受けて、ワンシーズンだけですが、セミプロとしてプレーしました。その時にサッカーへの情熱が再び湧いてきて、大学卒業後は真剣に海外でプロを目指そうと思い、帰国後にHBOに入団しました」

CONTENTS 02
どんなビジョンを描いているか

--2人ともまずは海外でプロクラブと契約を結ぶことが最優先の目標になると思うが、そこから次の段階、その先のビジョンなどは考えているか。

永田:「僕は第一にサッカーで生活すること。そしてその水準を少しでも上げていくこと。それを達成したあとは今、大学で教員免許を取っているので、いずれはその教員とサッカーの経験をつなげることが出来ればと考えています。サッカーで行った国、地域、そこで出来たネットワークをいずれ自分が学校現場に就いた時に還元したい。

 高校の時に修学旅行で海外に行くというのはなかなか出来ない経験だし、僕自身が海外に目を向けた第一の理由でもあります。そういった経験を色々な人にしてもらいたいと思います。実際にどうつなげられるかは今の段階ではわかりませんが、交換留学、修学旅行のサポート、通訳など何かしら携われたらと考えています。ただ、そのためにもまずはサッカーで生活するということが第一の目標にあります」

--瓜生選手は。

瓜生:「僕自身はまだ教員などといった具体的な考えはありません。まずは海外に行って、サッカーで生活することを目標にしていて、一応、来年の夏にマルタに行こうと思っています。理由としては、以前オーストラリアに行って感じたことですが、オーストラリアは日本人も多くて、日本人にとっては非常に住みやすい環境。でも、生活していく上ではどうしても甘えではないが、日本人の群れに行ってしまう傾向がありました。それで今回はどうせ行くならもっと厳しい環境に自分の身を置いて、そうすればサッカーにももっと集中できるだろうし、環境面でも人間的にも色々な経験をして成長ができるんじゃないかと。マルタという国は日本人がまだまだ少ないし、それに今年の夏休みに実際にマルタのプロクラブの練習にも参加してみました。そこで、この国だったら自分が成長できると感じたし、まずは来年マルタで契約をつかんで、今度はセミプロではなく、しっかりとプロサッカー選手として生活をしたいと考えています。そして、それ以外の経験もできればと思っています」

--永田選手はどの国に行こうと考えているのか。

永田:「僕は来年の夏にドイツで話を進めてもらっています。でも、ドイツだけにとどまらず、近隣諸国にも行ってみたい気持ちがあるし、サッカーでお金をもらって生活することが僕の中の理想。なので、特別ドイツにこだわっているわけではないです」

HBOを選んだ理由 海外挑戦までの準備 課題 >

<HBO東京について>
「クラブ概要、海外挑戦実績など」
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<OBインタビュー>
「マルタで活躍する2人が海外挑戦を語る」
OBインタビュー「マルタで活躍する2人が海外挑戦を語る」

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