東京サッカー [TOKYO FOOTBALL]

COLUMN

シリーズ展望「東京社会人サッカーの未来」Vol.03

社会人の「矜持」。Intel Biloba Tokyoの挑戦 - 02

|後藤勝(ライター)|コラム一覧

Intel Biloba Tokyo

東大ユナイテッド時代に加入した現代表、多淵大樹の歩み

 現在、Intel Biloba Tokyoを運営する多淵大樹代表は、かつて、東京都社会人サッカーリーグ2部でプレーすることを目標にしていた。都リーグは4部、3部、2部とカテゴリーがひとつずつ上がるにつれ競技志向の色が強くなっていき、2部の上位ともなれば完全に真剣勝負と言っていい水準になる。1部を経験しているクラブも多い。

 兵庫県神戸市の出身でポジションはディフェンダー。高校のサッカー部ではスパルタ方針を掲げる監督のもと県大会でベスト16に進出し、岡崎慎司が在籍していた滝川第二高等学校に敗れて引退。その後上京して進学、早稲田大学のサークルである荒友キッカーズに所属した。しかしエンジョイ志向であったため、巧くなる方法を探してとある東京3部の社会人クラブに所属した。この都リーグ3部での選手経験が、より上をめざしていく出発点となった。

「サッカーはやはり45分ハーフだし(1部90分、2部80分、3部4部70分)、1部の風景も見たいと思いました。欲深さはあるかもしれない。エンジョイ志向の場にも顔を出しているが、競技志向の現場に関わりたいという気持ちがありました」

 社会人リーガーらしい言葉だ。サッカーが全国の隅々に行き渡る日本では、少年団、中体連、高体連のサッカー経験があれば、大学ではサークルの所属だったとしてもプレーヤーの水準は低くない。関東大学サッカーリーグ戦を経験してきた猛者が集う東京都社会人サッカーリーグの上位をめざしたいと思えるだけの素養があるプレーヤーは多いはずだ。多淵代表もそのひとりだった。

 30歳までに2部でプレーしたいという目標を掲げていた。のち、社会人でふたつ目となるクラブに加入したが、そこは3部から2部への昇格に時間がかかりそうで、すでに2部に所属していた東大ユナイテッド(現Intel Biloba Tokyo)への移籍を模索したものの、このときはディフェンス陣が多いこともあってクラブから加入を断られている。

 紆余曲折あって他の2部のクラブに加入し、念願が叶う。運営も担当し、サッカーを嗜む社会人として充実した日々を過ごしていた。そこに、選手間の“つなぎ役”を求めていた東大ユナイテッドから思わぬ誘いがあった。

「当時の東大ユナイテッドはレベルが上がり続ける2部で体育会出身の能力の高い選手を増やし、5位まで順位を上げていたが、右肩上がりは続かず6位になった。選手の能力は上がっているが個の集団になってしまっていたみたいで、力を貸してほしいと誘われました」

 練習試合でよければもちろん試合に出すが、それ以上に人をつなげる役割をやってほしいと、前の代表に言われたという。4年前の2017年、多淵代表が31歳のときだった。

 個の能力は高くとも出自がちがい、一人ひとり志向するサッカーが異なり、まとまることが難しかった。週末のみすり合わせが可能な社会人クラブとしては厄介な問題だった。30代である前代表と20代の現役選手たちとの年齢差もある。そのギャップを解消するべく、中間の世代となる多淵代表に白羽の矢が立った。

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