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ピッチの余白
後藤 勝|# 02
采配を語れる幸せ これこそ日本サッカーの勝利
四半世紀くらい前の日本代表戦のあとも、フォーメーションや選手交代、メンバー選考への批判的意見は試合後にファンやメディアから噴出していた。しかし当時はそもそも日本の選手全体の力量が世界基準に達しておらず、育成面から見直さなければいけないことは必至で、既に出来上がっている大人の選手の組み合わせを云々したところで、根本的な解決にはならなかった。正直なところ、A代表チームをめぐる采配批判には、個人的には乗り切れなかった。
「日本サッカーの父」と称されたデットマール・クラマーさんにも同様の想いがあったのか、同氏にメキシコ五輪時代の日本代表に関するインタビューをしていたところ、昔の話はもういいから育成の話をさせてくれと、持論を展開された。それは私が考えていることとほとんど同じだった。選手をつくり上げるには10年かかる。だから完成の10年前、つまり能力がもっとも伸びるとされる小学生時代のゴールデンエイジに遡り、育成システムを充実させなければならないということだ。真に日本を強くしようと思うなら、A代表の采配よりも仕組みづくりのほうが問題だった。
基礎技術を小学生でマスターした選手たちは中学2年生の成長期を経て中学3年生でほぼ完成に近い状態になる。あとはユースチームや成年チームで鍛えていくだけで、基本的な器は変わらない。だから、この15歳の時点で台頭した選手たちのさらに上澄みの部分は、プロとしてJリーガーになってもその世代の代表格として生き残り続ける。言い換えれば、まず中3までの基本をつくり上げることがもっとも重要で、その雛たちをトップの水準に導いていく高校以降の環境づくりが次に重要になる。
その点では、普及・育成の指導者の質の向上と、優秀な中3の選手にユースやトップでプレーさせる飛び級の導入が役に立った。高校生に関しては高円宮杯での年間を通したリーグ戦の実施、FC東京とガンバ大阪とセレッソ大阪だけの話になるがU-23でのJ3への参加があり、育成からプロにつなげる仕組みが出来上がっていった。こうして堂安律や久保建英を一人前に仕上げた時点で、日本の現在の地位は約束されたようなものだった。
個が揃い、戦術を語れる時代へ
東京五輪以降のA代表、U-21~U-23代表に関しては個の力が世界と比べて遜色なく映る。この段階に至って、ようやく戦術、フォーメーション、選手交代、メンバー選考について議論する余地が出てきたように思う。選手の粒が揃っているからこそ、前半と後半でフォーメーションを変え、戦い方を変え、そのジャンケンで強豪国に勝つという試合が出来るようになってきた。
森保一監督が採用している戦い方も、もとを辿ればサンフレッチェ広島時代にたどり着く。そのさらに源流となった“ミシャ式”の影響がこれだけ多大な国は日本のほかにない。ビルドアップの質が高いセンターバックとして世界に誇れる谷口彰悟も、風間八宏監督(現南葛SC監督)や鬼木達監督(現鹿島アントラーズ監督)が指揮していた時代の川崎フロンターレで能力が培われた。育成から上がってきた選手たちを束ね、モダンフットボールへのキャッチアップをおこないながらも独自性を追求した各クラブ、そしてJリーグの充実も、日本を世界水準へ押し上げた一因であることは言うまでもない。
北中米ワールドカップのラウンド32で日本代表がブラジル代表に勝つかどうかという結果ももちろん重要だが、数十年の単位で振り返れば、まずはA代表の中身について批判することに意味が出てきた現在の状況を喜ぶべきなのだろう。地力があるだけに、今後はどれだけ辛口の意見をしたところで、それが実情から乖離することはないはず。後年さらに振り返れば、2020年代は日本代表を愛ある厳しい見方で見守ることが出来る時代が到来した時期だったと記すことになるのかもしれない。
(後藤勝)