TOKYO FOOTBALL

写真:六川則夫さん [フォトグラファー]

ファインダー越しに
見た日本サッカー
── 74歳の提言

INTERVIEW
六川 則夫[フォトグラファー]

六川則夫さんに聞く

Jリーグは93年の開幕から30年以上の歴史を刻み、チーム数も当初の10チームから今ではJ1、J2、J3の各20チームの合計60チームまで拡大した。80年代のアマチュア・日本リーグ時代から日本代表含めてカメラマンとして、メディアとして、日本のサッカーを追い続けてきた六川則夫さん(74)に、現在の日本サッカーが抱える課題や提言、将来への期待、さらにはアマチュアサッカーやメディアの在り方に至るまで、忖度のない意見を聞いた。

  • 第5回
    過酷な全社は考えるべき その経験が次に生きているのか

    ── 最近のアマチュアサッカーは六川さんにはどう映っているか。

    昨年も何試合か撮影させてもらったが、やはり想定の範囲内でサッカーをしているのがアマチュアで、でも時々元J1とか元日本代表選手がいると違いがわかる。南葛の大前元紀選手とかはそう。ボールがきて、さりげないプレーをサッとこなすでしょ。そういうのは撮影していてもわかる。よく"魅せるプレーができる選手が集まっているのがプロ。そうでないのはアマチュア"っていうけど、本当にその通りだと思う。それがもっともわかりやすく表れるのがゴールシーン。南葛だって若い大学生や新卒を獲っているけど、彼らのベースはすごくうまい。けど、違いを見せられるプレーができるかというと、そこまでの域には達していないだろうし、もしそれができるようになったら、プロのチームにいってしまうだろうしね。

    ただ、アマチュアの社会人・地域リーグには大学の2軍や3軍のチームもいるから大変だと思う。やはり日本のアマチュアスポーツの中で一番プロ並みに密度の濃い練習をやっているのは大学生。施設もいいし、自主トレを含めたら一日のなかで4時間くらいはサッカーに費やしている。はっきり言って日本の大学サッカーほどプロ的な存在はないわけだから、そりゃ天皇杯でJ3やJ2が負けることもある。社会人チームからすると、同じリーグに大学生チームが入ってほしくないのが本音だと思う。

    そういった大学生の2軍や3軍、それにHondaみたいなプロ宣言をしないチームもプロを目指すチームと一緒のリーグに混在している。プレーする機会を与えるという意味では平等で日本らしい考えだけど、それが果たして本当にいいのかどうか。そこは考えていかないといけない。

    ── 5日間連続で行われる全国社会人大会(全社)については。

    あの大会は今のアマチュアからプロにいくための一つの流れの中で最悪なシステムで、レギュレーション的には絶対にやめさせるべきだと思う。昨今の異常気象の中で。せめてやるなら時間と期間をしっかり設けてやるべき。高校サッカーの選手権だっていまは試合の期間を空けているわけで。プロへ行く可能性を持ったチームに、きちんとポテンシャルを発揮させる環境を用意するのが主催者側の役目だと思う。

    5日間連続で行われる全社。写真は2025年の大会5日目・決勝戦。

    5日間連続で行われる全社。写真は2025年大会5日目の決勝戦。
    (開催地:青森県)

    ── ただ実際には純粋な社会人チームがこれ以上の休みを取って地方の大会へ行くことは現実的には難しい。また全社はその開催地で翌年4日連続で行われる国民スポーツ大会のプレ大会、シミュレーションも兼ねている。

    つまり、それは主催者側がやりたくてそのハードスケジュールでやっているわけではない、ということでしょ。社会人は仕事を持っているし、そこをどうするか、彼らが社会人として本業に差し支えない範囲で参加できるようなフレームを主催者側がつくるしかないし、それでも難しいチームは参加を諦めるしかないと思う。『全社を乗り越えてこそプロへいける』という人もいるけど、でも、やはり根本的なところで僕は何のためにこの大会があるのかがわからない。この過酷な全社を乗り越えて、優勝したチームが圧倒的な強さで上に行けるかというとそうでもない。優勝して、この全社のハードルを乗り越えた強さをどうステップアップの場面で表現できるのか。そういったデータとか結果を踏まえてこの大会をどうするかということを考えるべき。現状をみると、単純に上に上げさせないためにハードルを高くしているとしか思えない。

    サッカーメディアは厳しい時代へ
    自分で切り拓くしかない

  • 第6回(最終回)
    サッカーメディアは厳しい時代へ 自分で切り拓くしかない

    ── 昨年実の弟であるサッカージャーナリストの六川亨さんがお亡くなりになった。今はどう受けとめているか。

    やはり通夜、告別式にはたくさんの人が駆けつけてくれて、特に弟は記者だったからね。カメラマンと違って関わっている人間の幅が広いというか、それこそ一番いい時代にサッカーダイジェストで編集長をやって、その後もフロムワンに行って編集長をやり、本当に多くの記者やカメラマンと出会って人を育ててきた。「六川さんにはこの業界で一番最初に仕事をもらいました」とか「社員時代に編集とは何か、記者とは何かを教えてもらいました」とかね。話を聞くとやっぱり弟が果たした役割は人を育てたことだったんだなと改めて感じた。

    ── 日本代表の森保監督も会見で亨さんへの追悼の意を表していた。

    あれは弟がどうこうというより、森保さんがすごいだけ。森保JAPANの初期の頃は、まだ森保さんもそれほど多くのメディアの人と関係性がなかったから、特に海外に行った時なんかは練習が終わって自分と弟の姿を見つけると挨拶に来てくれてね。選手もコーチも先に引き上げてしまうなかで、監督だけ残って忌憚のない話、それこそチーム内のことを話せる範囲で話してくれたり。でも、それも含めて弟の人間性だったのかなって思う。僕の6つ下で、やっぱり末っ子なんだよね。割とほんわかしていて、でも優柔不断なところもある。僕なんかは結構それがイラついて刺々しく言ってしまうところがあって、周りから注意されることもあるんだけど。なんでこんなタイプの人間が編集長なんかやっているのかな、みたいな。でも実は僕自身があまり好きではなかったところが、逆に周りの人にとっては良かったんだなって思う。あまり激しく要求するタイプではなかったしね。

    ── Jリーグや日本代表が強くなり変化していったように、メディアも時代と共に紙からネットに変わっていった。その変化をどう見ているか。

    僕なんかはカメラマンだからね。それは記者たちが考えることなんだけど、でもそういった記者、カメラマンが今後どういう未来に向かって進んでいくのか。僕らのころはJリーグが上昇、上昇で、それにリンクして日本代表も強くなっていった。それを目の当たりにしてきた世代だから。特に僕なんかはそれこそどうしようもない冬の時代から知っていて、そこから日本サッカーの成長曲線のど真ん中、紙媒体が本当に元気な時代にいた。逆に今度はそれがネット社会に変わって、ネットの波に乗れた人はネットITバブルにいるだろうけど、おそらくほとんどの人は単純に情報を与えられて終わっている側だと思う。そうした中でサッカーというコンテンツを今の時代でどうビジネスに変えていくかということだけど、実際にはコタツ記事ばかり。さらにその記事を読もうとしても広告が貼られすぎていて、消すだけで面倒。『俺たちが描いた日本サッカーの未来ってこんななの?』って僕は思っている。

    それを変えるために僕自身も色々なことをこれまでやってきた。一番はカメラマンとしてでなく、サッカージャーナリストとしてやろうとしたのがネット課金。当時、僕が日本でおそらく最初にサッカーのメールマガジンを会員制でつくった。自分自身の想いを書き出して、それを会員に配信する。そのあとにはプロバイダーのスポンサーをつけてサッカーのネットコンテンツも立ち上げて結構会員も集まった。ところが同時に広告代理店系の会社が無料スポーツサイトを立ち上げてね。これを認めたら全部記事が無料になってしまうし、広告収入の道にいってしまう。無料になれば言いたいことも言えずに、言ったら炎上してしまう。でも結局はその道に行った。

    結果、ネット全盛と言いながらもコタツ記事とコメント重視の記事ばかりになってしまった。今はチームも練習はほとんど非公開で見せないでしょ、だからメディアが選手に依存してコメント重視の記事にならざるを得ない。この枠組みは森保さんにも言った。森保さんは『練習をオープンにしよう』と伝えているが、スタッフから止められると。なぜならスカウティングされてしまうから。森保さんは『日本のサッカー発展のためにも練習は見せるべきと僕は思っている』と言ってくれたけどね。

    だからそうするとどんどん負のサイクルに入るでしょ。選手のコメントしかないし、練習非公開ならわざわざメディアも行かない。若い子たちは仕事がないよね。オシムやアギーレの時は『この試合は練習でやっていた落とし込みができていませんでしたよね?』みたいなことを聞くと、選手も『こういう事情があって』とサッカーの話が積み重なっていく。けど、今はコメントだけだからね。これで本当にサッカージャーナリズムって言うのかなと僕は思うけど。今はサッカージャーナリズムが日本の強くなっていく成長曲線と反比例していっている。今の若い人たちがこのいびつな構造をどう変えていくのか。僕はたぶん変えられないだろうなと思うけど。実際、見ていても若い記者とかカメラマンは本当に少ないからね。日本の少子化問題もあるし、難しくなっていく気がする。

    自分でマーケットを作り、多様に生きる

    僕らの頃は日本のサッカーがこれほど強くなると思っていなかったし、ましてやWカップに出場して、勝ち進む日がくるとも思っていなかった。現地でWカップを取材して、知れば知るほど日本なんて無理だろうと思っていた。でも今、森保さんも含めて『Wカップ優勝』を最大のテーマ、目標に掲げている。そういった発言を今は受け入れる土壌が僕らの中にもできたし、次はベスト8以上がまずはネクストフェーズで、その見たことのない景色をこれからの人たちが一緒に見られるかどうか、それを見るために何をすればいいかが問いになってくる。

    でも現実的には今の若い子たちが、昔のようにWカップに取材に行けるのかというと行けない。あごあし、交通費や食事代も出してくれるメディアなんて今はないわけで。だからこそ自分でどうテーマをみつけて、マーケットをつくっていくか。そういう時代にもう入っている。それこそサッカーはJリーグや日本代表に目が行きがちだけど、サッカーってボールがあれば世界中でできるスポーツで、ネタとしての原石はあるし、女子のカテゴリー、もしかしたらインドネシアやベトナムとかにあるかもしれない。要するに将来性があるかわからないマーケットなんだけど、その中で自分でどうマーケットを作っていくかだと思う。今はJリーグが始まる前の厳しい時代に戻ったみたいなところもあるけど、ある意味別の仕事をしつつサッカーの撮影もやるとか、そういったパラレルジョブというものも生活のベースにしていかないと難しい時代なんだと思う。
    (完)

六川 則夫

1951年生まれ。東京都板橋区出身。早稲田大学文学部を卒業後、ムービーの世界に身を投じたが、「サッカーダイジェスト」(日本スポーツ企画出版社)と出会い、ムービーカメラとともにサッカーカメラマンとしてのキャリアもスタート。国内外の様々なカテゴリーを撮影し、ワールドカップは1982年スペイン大会から現地取材を続け、日本代表の主要大会にも多く同行。2025年に亡くなったサッカージャーナリストの六川亨氏は実弟。

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